本稿では、ブレインストーミングとKJ法を商品企画に取り入れた手法として、「コンセプト創造」と「デザイン思考」をご紹介いたします。
「デザイン思考」については、日本企業(製造業)に合わせて、ちょっとアレンジした絵でご紹介しています。
はじめに
「こどもとスマホ記」では、ブレストの定石と道具、そしてブレスト&KJ法の実践例を示しました。これらの記事のブレスト&KJ法は、もともと商品企画の方法から応用したものです。やっている企業は、こんなところから商品開発を始めています。
本稿では、商品やサービスの企画書を作成する前に、確度の高い開発を行うべく、ブレストやKJ法を利用する方法論をご紹介します。
コンセプト創造
最初にコンセプト創造をご紹介します。
コンセプト創造とは、日本語ワープロの開発者である森健一先生が、ご自身の日本語ワープロの発想・開発の経験をまとめた発想法です。
メディアエンジニアリング社の「インタージャーナル 創造力の7か条」のページのトップに森先生の記事のシリーズがありますのでご参照ください。この記事でも、メディアエンジニアリング社のサイトの記事を参照させていただきます。
コンセプトとは
コンセプトについては「第1回 コンセプトは3行で書く」に記されています。
これより、1971年に開発された日本語ワープロのコンセプトを引用します。
第1に、手書きよりも速く文章のつくれるものであること(かな漢字入力)
第2に、英文タイプライターのようにぶら下げてどこにでも持って行けるものであること(ポータブル)
第3に、作った文書ファイルにどこからでもアクセスできなければいけない(通信機能)
さらには、次のようなこともおっしゃられています。
新しいものをつくり出すということは、新しい機能をつくり出すことである。新しい機能を表現するには「・・・ができる」といった動詞表現が必要になる。
この記事に語彙の定義はありませんので、野中郁次郎先生の著書で補完します。
「知識創造の方法論―ナレッジワーカーの作法」(野中郁次郎・紺野登著、東洋経済新報社 、2003年)にある図を書き直しました。
この(1)が商品企画のコンセプトに当たります。
まとめますと、「コンセプト」とは以下のように定義できるでしょうか。
- コンセプトとは、新しい観点をシンプルに示した表現。
- 具体的には「…ができる」といった動詞の文章表現が3つ。
コンセプト創造
以上のような新商品のコンセプトの創造法は「コンセプト創造の手順」に示されています。
その手順を引用します。
1)開発リーダーの夢に共感する頭の柔軟な色々な分野の人を7±2人集める。
2)未来の顧客は誰で、何のために新製品を求めているかを明確にする。
3)顧客の立場に立って新商品に求められる機能のアイディアを多く発掘する。
4)KJ法によりアイディアをグループ化し、内容を適切に表現したラベルを付ける。
5)未来の顧客の立場に立って最も重要だと思われる3つのグループをえらびだす。
6)選ばれた3つのアイディアグループを市場が実現を求める順番に並べ直す。
7)それぞれのアイディアグループの技術的な実現可能性を検討する。
1)はミラーの法則と同じですね。ミラーの法則は人が記憶できるチャンク(塊)の数は、大体7±2、というものです。色々な分野の人と対話するときもこれくらいがちょうどよいのでしょう。
2)はターゲットとする顧客層を明確にしています。文化人類学に例えると、一緒に暮らす民族や地域にあたります。
未来の顧客、ということで、現在のところは明確でない顧客層かもしれません。例えば任天堂がDSの開発を始めた時には、脳トレをするおじいちゃんおばあちゃんという顧客層はまだ見えていなかったのではないでしょうか。
3)がブレスト、4)がKJ法です。グループに付けるラベルは、先に記したように動詞表現で付けるのがポイントです。
KJ法によってくくられたグループ、およびグループに付けられた動詞表現のラベルより、3つの重要なものを選び出します。それがコンセプトになります。【5)と6)】。
3)から5)は1日2日でできるものではなく、行き詰ったら寝かす、塩漬けにします。3か月くらい後にまたやってみると、新しい発想がでてくるかもしれません。
記事の最後より引用します。
この方法で、日本語ワープロ、DVDなどの新商品やヒット商品が生まれた。
その他でも東芝の情報機器では、「キャンパスノート3冊分」というノートPCのコンセプトや、「スーツのポケットに入る」のようなリブレットのコンセプトがこの方法で生まれています。
デザイン思考
もう一つ、デザイン思考をご紹介します。
2010年頃より流行りのデザイン思考ですが、今やバズワードと化してきました。まずはIDEOでの定義から振り返ってみましょう。
IDEOのデザイン思考
私がDesign Thinkingという言葉を知ったのは、IDEOが登場する文脈においてでした。
書籍としては「発想する会社」(トム・ケリーほか著、2002年、早川書房)です。
そのIDEOのデザイン思考のステップは以下です。
- 現場観察から洞察を得る:Inspiration
- アイデアを出してプロトタイピングする:Ideation
- ビジネスに組み立てる:Implementation
IDEOのサイトにHarvard Business Reviewの論文のPDFがありました。
https://www.ideo.com/images/uploads/thoughts/IDEO_HBR_Design_Thinking.pdf
88、89ページに見開きの図がありますので、詳しくはこちらをご参照ください。(あるいはダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2008年12月号。)
日本型デザイン思考
IDEOのデザイン思考から派生し、日本で工夫された手法を「日本型デザイン思考」と呼ぶことにします。
日本型デザイン思考にはKJ法を始め、いろいろなツールが取り込まれ、それぞれのプロセスが提案されていますが、おおよそ以下のような特徴があります。
- ターゲットとする顧客層を観察する。
- プロトタイピングを行う。
- 循環型プロセスだったりする。
日本型デザイン思考の書籍として私がお勧めするのが「1からの商品企画」(西川 英彦・廣田 章光著、2012年、碩学舎)です。表紙にも本文にも「デザイン思考」は謳ってはいませんが、ツールや事例など参考になる情報がまとまっています。
デザイン思考型プロセスの例
ここで日本型デザイン思考を私なりにまとめた図を示します。
私の中では、この図をCPP(Concept Prototyping Process)と呼んでいます。
この図では日本企業を意識して、現場観察と商品開発はループから外しインプットとアウトプットとしています。
真ん中のループが循環型のプロセスになります。
インプットとアウトプット
既存の顧客層であれば、現場観察に類するものは日々の仕事でもやっていることです。あえて現場に行かなくても、それまでの個人個人の現場体験から、現組織内に顧客層についての暗黙知(言語化されていない知識、くらいの意味)が存在しています。
新規顧客開発のプロジェクトでは、メンバーで現場観察に出かけることでしょう。通常の日本型デザイン思考にて現場観察がループの中に入っているのは、新規顧客を意識してのことか、「時代は流れているからそうとらえなさい」ということなのかもしれません。
アウトプットは、社内開発プロセスにて「開発の最初に作るべし」とされている文書になります。これ以降は社内プロセスに則って開発を進めることになります。
ソフトウェアのアジャイル開発では、開発自体がループにあって、逐次リリースになるのかもしれませんね。
表現
ループの中で練っていくものを、まとめて「表現」としています。
ここでは、KJ法の模造紙、コンセプト、プロトタイプ、10年くらい前から流行りのペルソナ・ユーザーストーリー、そしてマーケティングプランに必須のSTP(セグメント、ターゲティング、ポジショニング)を挙げています。
これらの中から、使いやすいものだけを使います。また別に良い表現方法があれば、それを使うこともできます。(カスタマー・ジャーニー・マップとか。)
循環型プロセスのループ
ループ内には、アイデア出し、コンセプト化、プロトタイピング、レビューのステップを置いています。
その周りに、各ステップで使えるツールを書き出しています。これらも使いやすいものだけを使い、また別に良い手法があれば導入します。各ステップ共通で、真ん中の「表現」をブラッシュアップしていきます。
では、ループ内の各ステップを簡単にご紹介いたします。
アイデア出しとコンセプト化
シリーズで取り上げてきました、ブレストはアイデア出しのツールです。そしてKJ法は前章で書きましたようにコンセプト化のツールであり、また表現の一つに当たります。
ここで「直感」というツールがあります。手抜きのようですが過去の事例を読みますと、こう書くしかない事例が結構あります。ソニーのウォークマンは、そもそも井深さんの「飛行機の中でもクラッシックを聞きたい」という思いでした。
プロトタイピング
Webサービスやスマホアプリ開発の文脈での日本型デザイン思考では、ペーパー・プロトタイピングということがよく言われています。
しかし製品開発となると、モックアップを作ってしまうかもしれません。
私は組み込み機器のプロトタイピングにて、Visual BASICを使ってボタンやリスト等の部品と絵を配置する程度のプログラムを作っていました。
しかしこれらのプロトタイピングは重厚なので、最初のうちはペーパーやスケッチなどの軽いものがよろしいかと思います。
レビュー
チーム内だけでは同調してしまう罠(グループシンク)がありますから、時折、想定顧客あるいはそれに近い営業の人などを集めてレビューをします。その結果を受けてアイデア、コンセプト、プロトタイプをブラッシュアップします。
また「社内プロセスに乗せよう」などのGo Signが要る場合は、ステークホルダーのレビューが必須でしょう。
尚、他の日本型デザイン思考において、ループ図の中に「レビュー」を置いているのはあまり見たことがないです。
循環型表現の罠
こういった循環型の図すべてに共通することなのですが、各ステップが矢印で結ばれているからといって、その通りに進めなければいけないわけではありません。
矢印を逆に戻ることもあるでしょうし、対角に飛ぶこともあるでしょう。ことによると、メンバーそれぞれが別のステップをしているという、多元的な動きもあるかもしれません。
この図においては、レビューには表現の完成度が必要ですので、それまでには他の3つのステップを繰り返すことになります。
このような循環型表現の罠に陥りやすい図としては、PDCAとかSECIモデルなんかがあります。
まとめ
以上、商品やサービスの企画にブレスト&KJ法を利用する方法論として、コンセプト創造とデザイン思考をご紹介しました。
文化人類学と商品企画には、「ある層の人々を観察し、隠れた知見を発見する」という共通点があります。商品企画では、その知見が顧客層の潜在ニーズやベネフィットであり、またそれを満たすアイデア・機能にあたります。
商品企画では、それらの知見を次の開発フェイズにて実現できるような、表現にまとめる作業を行います。
おわりに
最近「教育にICT機器を利用しよう」という動きがあります。「アクティブラーニングにタブレットを活用しよう」というような政府筋のニュースもありました。
教育に用いるICT機器やサービスを開発する企業が、実はタブレットでなく付箋を使って発想をしているとしたら、結構な皮肉ですね。
3Mさんとかコクヨさんが、教育や開発の現場を見てブレストすれば面白いアナログ・ツールができるのではないか、と思うのですが。(単にA4くらいの紙に付箋を敷き詰めるだけで「ブレイン・ライティング用」といって売り出せるような…。)
次回は、KJ法を企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)開発に利用することを考えてみたいと思います。