健康サービスを考える(その1):ヘルスケア市場とポリティクス

最近(2013年)、有名企業がヘルスケア産業に参入するニュースがにぎやかです。他にも医療・健康産業に参入しようする、ものづくり企業やIT企業はあるのではないかと思います。なぜヘルスケア産業は魅力的なのでしょうか?そして法律的にはどうなのでしょう?

(私はアナリストでも法律の専門家でもありませんので、以下の記事に含まれる怪しい情報にはご注意ください。^^;)

はじめに

2013年6月に閣議決定された、アベノミクスの三本目の矢である「日本再興戦略」には、「戦略市場創造プラン」として「国民の健康寿命の延伸」がうたわれています。それと前後して、センサやIT等の技術面でも、健康に関与する新しいサービスができるようになってきたように思います。

数回にわたって、センサ技術を利用した健康サービスを考えてみようと思います。第一回はその前提条件として、ヘルスケア市場とポリティクスを俯瞰します。

ヘルスケア市場の概要

まず、「ヘルスケア市場」と言われている分野をみてみましょう。

ヘルスケアが流行りの理由

近年、ヘルスケア産業における企業の動きが目立っています。

日付 記事
2012年7月2日 ドコモ・ヘルスケア株式会社 設立 (ドコモとオムロン ヘルスケアの合弁会社)
2013年4月16日 ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ株式会社 設立 (ソニーとオリンパスの合弁会社)
2013年9月18日 Calico設立 (恐らくGoogleの子会社)

(東芝さん、日立さんはもちろんのこと、キヤノンさん、松下さんなどは、昔から医療に取り組んでいます。「健康椅子」のシャープさんも参入を企図しているのでしょう。)

またデバイスに関しても、(ムラタセイサク君でおなじみの)村田製作所さん、オムロンさん等、生体センサを展開しています。

(Googleさんは置いておくとして、)日本の各社がヘルスケアに興味を持つ理由は以下の2点だと推測します。

第一には社会貢献です。医療・健康への取り組みは人類への直接貢献になりますし、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的貢献)にもなるかもしれません。

第二には、その市場性です。

日本におけるヘルスケアの市場性

皆保険制である日本において、各健保団体(保険者)が医療費の支払いをしており、その管轄省庁である厚生労働省が統計をしています。それが「国民医療費」です。国民医療費やその速報は、厚労省のホームページより参照できます。

厚労省の資料によると、2010年の国民医療費は37.4兆円、2012年の速報では38.4兆円です。介護保険が導入された2000年から5年間は伸び率が少々抑えられましたが、それ以降はまた以前の伸び率に戻っています。そして今後も高齢化社会が進みます。また医療の性質と皆保険制度から、景気が悪いときの「買い控え」が起こりにくい産業です。

このように医療市場は安定した、成長産業といえます。

この約40兆円が、まず病院・薬局に入り、まずはその従業員に支払われます。そして医薬品、医療機器、事務機器(IT)、給食、リネン、清掃、事務当の経費として、病院・薬局にこれらを提供する企業に流れます。

大本の(きちんと統計が取れている)市場が成長市場であれば、これらのぶら下がり市場も有望であろうから、参入したくなるというものです。

医療産業と健康産業の違い

ここまでざっくりと「ヘルスケア」と言っていましたが、医療産業と健康産業に分けたいと思います。(といいつつも、「ケア」をつけると「医療」のニュアンスがします。とはいえ「ヘルス産業」と日本語で書くとまた違ったニュアンスがしてしまう。。。)

前節に挙げた、病院・薬局とそれにぶら下がる産業で、特に資格が必要な産業・サービスを「医療産業・サービス」ということにします。また病院にかからない状態の生活者を対象とした産業・サービスを「健康産業・サービス」ということにします。

「医療産業」は、有資格者しかできません。医療行為・診断は医師法上、医師以外は行えません。医薬品の製造や販売は、薬事法上、許可をとった業者しか行えません。

「健康産業」は、医師法(保健師助産師看護師法、理学療法士及び作業療法士法、その他もろもろ)や、薬事法に抵触しないように気を付けて操業します。

たとえばダイエットしたい人をターゲットとした健康食品(飲料やサプリメント)があるとします。これらを「痩せる」とうたって販売すると薬事法違反になります。そこで「体重が気になる方へ…」という、効果効能をうたわない(怪しい)コピーを付けて売ることになります。

健康産業の市場性

医療産業の市場性は先の国民医療費から推計できます。では健康産業はどうでしょうか?

古い資料ですが、2004年に経済産業省がだした新産業創造戦略によると、「健康増進系」の市場規模が5.7兆円と推計されています。(ちなみに同資料にて「医療系」は41.4兆円と推計されています。国民医療費よりも大きいのが謎です。)

健康産業の定義はまちまちですが、経済産業省の資料をみると、おおむね成長のようです。また健康産業の成長が期待されてもいます。

期待されている理由は「国民の健康寿命の増進」と「国民医療費の抑制」に効果があると考えられているからです。お金を掛けて予防をすれば、結果として一人ひとりの健康である期間が延び、また急性期の治療にかかるコストの低下が見込まれます。これらの点は、経産省の資料にまとめられています。

またOECDのレポート「肥満と予防の経済学」発表:肥満でなく健康を(2010/9/23)には肥満予防の経済効果が挙げられています。サマリーより抜粋しますと、日本においては、一人当たり一年の肥満予防コスト19ドルによって、年間当たりの死亡者数を15.5万人減らすことができる、とのことです。(この数値もよくわかりませんが、グラフを見ると26,7年後くらいの数値を言っているようです。)

国民医療費が下がるのなら厚労省がなんらかの誘導をしてもよさそうですが、管轄下の健保団体のケツをたたく以外にありません。産業振興は経産省の管轄だったりするので、内閣の旗振りで両省(プラス消費者庁)が共同しないかぎり健康産業の振興は加速しないのではないかと思います。

医療機器と健康サービス

次に新しい生体センサを使っての健康サービスを考えるうえで、薬事法等の法律を見てみます。

医療機器とは

「ヘルスケアが流行りの理由」に挙げた大企業のほかにも、エレクトロニクス・メーカーや研究機関が新しい生体センサを開発しているようです。これらは医療機器でしょうか、健康機器でしょうか。

薬事法第二条第4項には以下の様に書かれています。

この法律で「医療機器」とは、人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等であつて、政令で定めるものをいう。

診断、治療に用いる機器が医療機器なのはもちろんなのですが、予防も含まれていますね。また後段の「政令」に関しては、薬事法施行令(昭和三十六年一月二十六日政令第十一号)の第一条に以下の様にあります。

第一条  薬事法 (以下「法」という。)第二条第四項 に規定する医療機器は、別表第一のとおりとする。

この「別表第一」は下の方にあるのですが、センサ関係は「体温計」くらいしかありません。ですので平成16年の厚生労働省告示第298号のクラス分類を参考にすることになると思います。(怪しいときは、県の薬務課に問い合わせ?)

医療産業に参入しようとするメーカーさんなら許認可をとると思います。しかし健康産業で構わないと思っているメーカーさんの機器が「医療機器なので許認可が必要」ということになったら大変です。データと書類を揃えるコストがかかるうえに、上市のタイミングが遅れてしまいます。

タニタさんやオムロンヘルスケアさんのホームページを見ると、体温計と血圧計は医療機器ですし、これらを販売するビックカメラさんやヤマダ電機さんは高度医療機器販売業の許可を得ています。(AEDも売っているので、当たり前か。)

健康サービスでの医療機器の利用

では、センサで測定したデータをスマホやタブレットでデータ管理するような健康サービスでは、医療機器を使ってもよいのでしょうか?家庭でも体温計や血圧計は使っています。

医師法第十七条には「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とあります。では「医業」ってなに?と調べてみますと、医政発第0726005号に次のように記載されています。

ここにいう「医業」とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うことであると解している。

そして以下の測定が医行為ではないと考えられるもの、として挙げられています。

1 水銀体温計・電子体温計により腋下で体温を計測すること、及び耳式電子体温計により外耳道で体温を測定すること

2 自動血圧測定器により血圧を測定すること

3 新生児以外の者であって入院治療の必要がないものに対して、動脈血酸素飽和度を測定するため、パルスオキシメータを装着すること

(あくまでも測定、3については装着までです。)

また、東京医師会の「かかりつけ医機能ハンドブック2009」の338ページには以下の様にあります。

医師法第17条で規定されている医業とは、医療行為を「業」として行うことである。「業」とは「反復継続して行う意思を持って、不特定の人に対して行う行為」をいう。自分自身や家族は不特定の人にはあたらないので、これらに対する行為は反復継続しても「業」にはならない。

以上より健康サービスにて医療機器であるセンサの利用を考えるとき、以下の場合は医業にあたりません。

  • 自分自身や家族を計るとき。
  • 他人を反復して計測してあげる場合は、一部の機器による特定の計測はOK。(その他はグレーゾーン)

ウェアラブルなセンサを自分で装着するのであれば、これは一点目にあたると考えられます。センサが医療機器とみなされたとしても健康サービスで利用可能です。

ソフトウェアの取扱い

また最近、ソフトウェア単体を「医療機器」にしようという流れがあります。

2012年の厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会による「薬事法等制度改正についてのとりまとめ」の15ページには、以下の様に記載されています。

(医療機器におけるソフトウェアの重要性が増している)こうしたことから、ソフトウェアも単体として医療機器として有効性・安全性を評価することが必要である。このため、薬事法においてソフトウェアが医療機器であることを明らかにするとともに、その有効性・安全性を評価する仕組みを検討することが必要である。

上の文書は二通りに意味が取れます。

  • 組み込みソフトウェアを組み込んだ医療機器において、そのソフトウェア単体でも有効性・安全性を評価する。
  • 治療若しくは予防に使用されるソフトウェアは、単体の医療機器として扱い有効性・安全性を評価する。

前者が必要なのは言わずもがなです。

しかし後者の意味で、医療機器に繋がる健康サービスのソフトウェア(データを受信するスマホ、タブレット、PCのソフトウェアや、クラウドのサーバーソフトウェア)まで医療機器ということになったら大変です。先に述べましたように、許認可を取るためのコストと時間がかかってしまいます。

いったいどちらの意味なのでしょうか?今後不必要に、広範囲のソフトウェアが医療機器にならないことを祈ります。

まとめ

「ヘルスケア産業」を、「医療産業」と「健康産業」に分けて考えました。医療産業は(国が望まない国民医療費の増加により)成長が期待されています。健康産業の成長については、「国民医療費がどのくらい予防費にシフトするのか」と問いを換えることができます。

ものづくり企業やIT企業がヘルスケア産業に参入するときは、薬事法とのお付き合いをどうするか考える必要があります。(積極的に仲良くするのか、抵触しないようにするのか。)

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