タブレット導入した学校でのダウンロード障害を考える

タブレットを導入した佐賀県の県立高校にて、授業中に電子教材のダウンロードが完了しないというニュースがありました。本稿ではその対策アイデアを提案し、さらに教材の著作権が対策に影響していることについて考察します。ユーザーである先生が必ずしもITが得意でないということも考慮して、コンティンジェンシー・プランを用意しておく必要があります。

はじめに

2014年5月の頭に、「タブレットで教材DLできず 県立高34校」(佐賀新聞)というニュースがありました。

今年タブレットを導入した佐賀県の県立高校で、電子教材のダウンロードが滞った、という内容です。動画等が含まれる容量の大きい教材で起こりがちで、授業開始から50分たってもダンロードが完了しないケースもあったということです。

ニュースによって表現が異なったのですが、この佐賀新聞の記事によると「親機となる教諭の端末を介して各生徒が自分の端末にダウンロードする手順」ことなので、ボトルネックは「先生の端末」あるいは「先生の端末への通信路」なのでしょう。

ダウンロードが滞ることに対する対策

県教委の対策

この記事によると、この時点の佐賀県教育委員会(以下、県教委)の対策は「同課は容量の大きいソフトを分割するなど、回線の負担を軽減することで対応する」とのことでした。

これをみて私は「ソフトを分割しても通信量は減らないんじゃない?」と思いました。

もしかしてダウンロードが途中で失敗した時に、その次はHTTPヘッダのRange指定のように途中から取得するのではなく、ファイルの先頭から再取得するような作りであれば小分けは(多少)有効かもしれませんが。

私のアイデア

私がこの件でふと思ったのは、「ボトルネックがサーバーか無線LANか知らないけど、P2Pでコピーすればどう?」ということです。

そして数日後、どこかのサイトの記事で東芝のFlashAirについて読みました。FlashAirはSDカードですが、無線LANのアクセスポイントが内蔵されており、Wi-Fi経由でのファイルの読み書きが可能です。同様機能のSDカードはあるのですが、この特徴はHTTPサーバーであること、そしてAPIが公開されていることです。

FlashAirを利用したファイル配布システム

FlashAirを利用して私のアイデアを行うとしたら以下のようになります。プリントをクラス内で回す動作をデジタルで再現しただけですが。

  1. 先生と生徒はタブレット端末にFlashAirを挿入しておく。
  2. 先生の端末に、あらかじめ先生用アプリをインストールしておく。
  3. 生徒全員の端末に、あらかじめ以下の動作を行うインストーラー・アプリと、クラスの生徒の、FlashAirのSSIDを「席順に」記したリストを全生徒の端末にインストールしておく。
  4. 先生は、先生用アプリを操作して、授業開始前に教材の圧縮ファイルをダウンロードする。先生用アプリはダウンロードしたファイルをFlashAir内の規定のディレクトリに置く。
  5. 授業開始直後、先生は先生用アプリを操作して、教材の情報(ファイル名)と先生のSSIDが記述されたQRコードを電子黒板に投影する。
  6. クラスの生徒はインストーラー・アプリに実装されたQRコード読み取り機能で教材の情報を端末に読み込む。(後ろの席の生徒は、QRコードが読み込めた生徒の端末に表示されたQRコードを読み込んでも良い。)
  7. 教材の情報を読み込んだインストーラー・アプリは、端末の無線LANを設定して自分の前の席の生徒のSSIDに接続する。(出来なければ、前の列の誰かに接続し直す。)一番前の生徒はQRコードに記述された先生のSSIDに接続する。
  8. 接続できたら、規定のフォルダの中に、QRコードに記述されたファイル名があるかポーリングモードに入る。
  9. 教材のファイルが見つかったらそれを取得し、FlashAirの規定のフォルダに保存する。(後ろの席の生徒がダウンロードできるようになる。)
  10. インストーラー・アプリは圧縮ファイルより教材をインストールする。インストールが成功したらその旨の表示をする。

単に「前の席から」ではなく、「ねずみ算式」のファイル拡散も考えられます。その際はプルでなくプッシュ(ファイルがない人に書き込みに行く)でも良いかもしれません。

逆にもっと単純には、自分のSSIDとファイル情報(URL)をQRコードで表示するアプリにして、まさにプリントを回すように表示されるQRコードを後ろの席に読み取らせる仕様でもよいかもしれません。(クラスのSSIDの席順リストも、同様のQRコードリレーで作成できます。)

しかし教室内に生徒数分のアクセスポイントが乱立状態ってどうなんでしょう?

FlashAir内のファイルのセキュリティはどうなの?という意見もあると思いますが、FlashAirは共有用、と割り切ります。

結局トラブルの原因は?

以上は、教室内に無線LANのアクセスポイントがない場合です。

佐賀県の場合は教室内にアクセスポイントがあり、それで先生の端末から生徒の端末に一斉に教材ダウンロード指示が出せるようなシステムなのかもしれません。それができれば上記のQRコード云々は必要ないですね。

またボトルネックが教室内のアクセスポイントでなく、先生の端末なのであれば、FlashAirである必要もありません。普通に無線LAN経由でダウンロードが成功した生徒の誰かからファイルを貰えばよいのですから。FlashAirを生徒数分購入するよりアクセスポイントを設置したほうが安上がりでしょうしね。

結局トラブルの原因に関する情報がないのでなんともいえません。

その後の佐賀県の対応

冒頭のニュースの関連記事を読むと、その後インストール出来なかった生徒の端末を集め、職員が手作業でインストールしたそうです。orz。(「職員が手作業 県立高タブレット不具合」)

著作権の問題点

佐賀新聞のサイトには「さが教育新流 全国初の取り組み準備不足」という、問題をまとめた記事がありました。これを読むと問題の解決には著作権が絡むようです。

記事の整理

記事中の、著作権に関しての記述を時系列に並べると以下のようになります。

  • (当初) 「当初、教材のインストール方法としてダウンロード方式ではなく、SDカードを配布すると学校側に説明していた。
  • (2013年11月)「昨年11月に入り、教材ソフトの著作権関係で、コピー防止のため生徒にSDカードを配布することはできないことが判明した。
  • (2014年5月)「教材ソフトメーカーが本来、著作権上の絡みでできないUSBメモリーを配布する「特例措置」(県教委)などで緊急対応し、19日からインストール作業を再開した。
  • (2015年度目論見)「来年度はダウンロード方式ではなく、SDカード利用で調整するが、授業時間にインストールすること自体は変更しない。著作権の問題は「メーカーと契約内容を協議し、こちらが提示する条件で対応してくれるメーカーの中から教材を選ぶことになる」(教育情報課)

「『特例措置』って権利者の許諾を得ずに複製すること?誰が特例を許可できるの?」とか突っ込みどころはありますが、まあそのへんは置いておきます。

問題の本質は?

著作権問題の本質は一体どこにあるのでしょう?私の思いつく範囲では、以下が問題になりそうです。

  • 教材に含まれるコンテンツ各々のコピー防止ができない。
  • 教材アプリの不正利用防止ができない。
  • (USBメモリー、SDにカード等)メディアから複製するという行為が問題。
  • 著作権法35条の範囲内でのみ利用可能なコンテンツを含んでいる。

以上の各々について考察したいと思います。

またいつもの但し書きですが、私は技術者で法律家ではありません。法律家はまた異なる見解を示されることと思います。

コンテンツ各々のコピー防止

インストール後の電子教材のコンテンツが、画像・動画・テキスト等一般的フォーマットであれば、ダウンロード方式だろうがなんだろうがそれらの「コピー防止」は困難です。コンテンツ各々の保護が目的なのであれば、そもそもメーカーはこれらを独自フォーマットにするかスクランブル化しなければなりません。

従って2013年11月の「コピー防止のため生徒にSDカードを配布することはできない」という記述より、問題点はここではないと読み解くことが可能です。

教材アプリの不正利用防止

次に教材がアプリで、複製が利用可能な状態にインストールされないようにする「不正利用防止」を考えます。これ自体は単に圧縮ファイルをパスワードで暗号化させれば良いだけの話です。

インストール時にパスワードを入力させてもよいし、長ければQRコードでもかまいません。もし「パスワードもコピーされうる」「QRコードも画像で保存されうる」という反論があれば、本来のパスワードを当日の日時で暗号化したり、別途ストアされている情報(例えば導入端末のモデル名やOS名)で暗号化したりして、ワンタイム・パスワードにすればよい話です。(更に反論がなされるようであれば、それに対応して面倒な儀式を追加することになります。)

従って、メディアを利用することにしても、アプリの不正利用の防止は可能です。

もっとも教材をプレインストールすることにしてしまえば不正利用防止は可能なのですが、県教委が「授業時間にインストールすること自体は変更しない」といっているのが腑に落ちません。

メディアから複製するという行為

上の2点は技術上の見解です。しかし結局のところは技術云々でなく、「メディアに保存されている。それをローカルにコピーする。それ自体が著作物の複製でしょ。」と解釈されているのではないでしょうか。

違法ダウンロードの刑罰化が話題になったときに、違法にアップされたYoutubeの視聴は違法かどうか、という議論がありました。その時主流の見解は「(キャッシュ・ファイルが作成されていたとしても)違法ではない」というものでした。この見解も技術云々ではありません。

Youtubeの視聴と、電子教材が「メディアでの配布はNG、ダウンロードはOK」とされている件の共通点としては、「(技術者、ハッカー以外の)一般ユーザーにとって複製が可視か不可視か」という点が挙げられます。

先のFlashAirを使ったアイデアにおいては、FlashAir内のディレクトリをキャッシュ・ディレクトリということにして、インストールしたらしばらく後にエクスパイアしますよ、ということでどうでしょう?(メディア内ですが、行為はダウンロードです。)

著作権法35条の範囲内でのみ利用可能なコンテンツ

著作権法35条は、非営利の教育機関において、先生と生徒は授業の範囲内で著作物の複製が可能、というものです。この条文の運用に関してネット上にガイドラインが複数ありますが、それらをみるとあらかじめダウンロードしたり、学校内のサーバーに保存したりしておくのはNGのようです。

だとすれば、県教委の「授業時間にインストールすること自体は変更しない」とのコメントはこれに絡む臭いがします。しかし教材メーカーにしてみれば、そのようなアプリは作成したくなのではないかとも思えます。もし教材に35条の範囲内でのみ利用可能なコンテンツが含まれていたとしたら、職員が端末を回収してインストール作業することも黒になりますね。(これも「特例措置」の可能性が無きにしもあらず。)

しかし先生や生徒が作成した、他人の著作物を含むファイルを共有するシーンもあるでしょうから、対応できるシステムにしておく必要があります。にしても貼り付けた著作物の複製が難しいように、編集できないPDFに変換するくらいはしたほうが良いような気がしますが。

結論

以上を踏まえ、私としては「メディアから複製するという行為」が、技術者でないステークホルダーにとって理解・説明がし易いから「メディアNG、ダウンロードOK」なのではないかと推察しています。

にしても県教委がプレインストールを検討しない理由が理解できません。そして「メーカーと契約内容を協議し、こちらが提示する条件で対応してくれるメーカーの中から教材を選ぶことになる」とのことですので、メディア利用を入札要件にするのであれば、教材メーカーは大変ですね。

以前、「教科書の著作権は複雑。電子化するのは困難。」との話を聞いたとこがあります。だとすれば教材メーカーの担当者は、メディアから複製する行為の許諾を各々の権利者から得るのに、奔走しなければなりません。(更に推察。)

現場の先生にとって

現場の先生にとって、このようなトラブルは恐怖だと思います。(対応の早い先生なら、即紙ベースに切り替え可能かもしれませんが。)

しかも一回トラブルを経験すると、ICTに苦手意識をもったり、嫌悪感を抱いたり、反対派になったりすることも考えられます。

出身のMOT大学院にて、PCとネットワークを利用したシミュレーション・ゲームを使う講義のTA(ティーチング・アシスタント)をしたことがあります。そのシステムもいろいろと操作性が悪く、先生にとっては取っ付きにくいものでした。(生徒にとっても取っ付きにくかったです。)

そこで私もいろいろとマニュアルを書いたり、トラブルシューティングをしたりしましたが、そもそも学校のネットワークが故障したら何にもできなくなってしまいます。その当時、モバイルルーターは持参していましたが、コンティンジェンシー・プランは然程練っていませんでした。

導入を進める県教委やメーカーは、ITの得意でない先生・生徒がユーザーであることを考慮して、分かりやすいトラブル・シューティング・マニュアルやコンティンジェンシー・プランを用意しておく必要がありそうです。

本来USBメモリー等のメディアはネットワーク障害時のコンティンジェンシー・プランになり得ますが、「著作権の絡みでできない」というのであれば、別のプランが必要です。(緊急用のアクセスポイントとその利用手順書等。)

まとめ

佐賀県の県立高校にて電子教材のダウンロードが滞った件に関して、報道からは原因が推測できませんが、技術的には以下の様な対策が考えられます。

  • サーバーあるいは先生のPCが過負荷ならば、P2Pにする。
  • 無線LANのアクセスポイントが輻輳するか、そもそもアクセスポイントがないのであれば、FlashAirのように簡単にP2Pができる手段を考える。
  • メディアからのコピーもダウンロードも本質的には変わりはなく、不正利用の防止が可能。(ファイルのコピーは可能。)

技術以外の課題としては以下が考えられます。

  • 権利や対応策は、技術が得意でないステークホルダーにとって理解・説明がし易い現象で語られており、技術云々が通じない場合はありがち。
  • 学校のネットワークが故障する事態も想定できるので、現場の先生が対応可能なコンティンジェンシー・プランを用意しておく。

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